社会関係資本の視点から、
近世以降の日本の経済発展を検証。
社会関係資本の視点から、近世以降の日本の経済発展を検証。
江戸時代後期、仙台城下の町人たちによって管理されていた「日掛銭(ひがけぜに)」という共有財産がありました。これは、弘化2年(1845年)に備荒貯蓄(災害や凶作、飢饉に備えて貯えておく金銭や穀物)を目的に創設されたもので、旧仙台城下24か町のほぼすべての住民(世帯)を対象として、1戸当たり1日2文から200文の割合で資金徴収され、その結果、8,115両というかなりの額の資金が集まりました。この日掛銭は明治維新の混乱をも乗り越え、昭和2年(1927年)まで住民の共有財産として仙台の近代化に役立てられています。こうした例は仙台特有のものではなく、「江戸時代の遺産」とも言うべき住民の共有財産が明治以降の近代化に一役買うというのは、当時の日本社会にかなり普遍的に見られる動きだったのです。
私の研究のベースには、日本における経済発展や経済成長を支える要因や条件を考える際、コミュニティや人々の共同性など、現代風に言えばソーシャルキャピタル、社会関係資本という視点が重要なのではないか、という問題意識があります。近世から近代への移行期において、そうしたコミュニティやソーシャルキャピタルを生み出し、強化していく際に一つの大きな要因となったのが、地域の共有財産ではなかったのか。そうした観点から多くの研究に取り組み、『19世紀日本の基金財政と地域経済の形成—地域基金による経済の組織化—』(2018年)で博士(経済学)(東京大学)の学位を取得、さらに『近代移行期における共有財産の再編と地域統合—近世遺産の所有権と分割・維持問題』(2020年/第9回社会経済史学会賞)という論文にそれまでの研究成果の一部をまとめています。
こうした地域の共有財産が近代化のなかでもっとも効果を発揮したのが、小学校の設立ではないかと思います。明治5年(1872年)の学制発布以後、近代的な教育制度として小学校が全国津々浦々に設立されましたが、この急速な普及は比較史的にも注目されるものです。こうした小学校の設立や小学校教育の普及が速やかに実現できた経済的背景を、地域の共有財産の存在と地方の経済主体(豪農・商人・資産家など)の役割に焦点を当てて明らかにするため、「近代初期日本の小学校設立・初等教育普及に地方資産家が果たした経済的役割」というテーマで、さらなる研究を進めているところです。