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My Integration日本学 教員インタビュー

困難な課題を乗り越え、

生き抜いていく力が文学にはある。

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大学院文学研究科 教授

横溝 博 YOKOMIZO Hiroshi

『源氏物語』以降の王朝物語を掘り起こす。
『源氏物語』以降の王朝物語を掘り起こす。

私は早稲田大学大学院文学研究科の出身です。学部は、早稲田大学の教育学部国語国文学科を卒業しました。文学部と教育学部は文化が明らかに異なります。文学部出身者は、感性で勝負するというか、どこか天才肌のような人が多く、作品の本質を見抜いたり、読み筋を見出したりすることにとても秀でている。一方教育学部の出身者は、将来教育者を目指す人が多いということもあり、とても真面目で、実証的な研究アプローチに長けているという印象でした。

教育学部から文学研究科に進んだことで、それぞれの文化の良いところを吸収することができました。東北大学大学院に着任して以来、日本学国際共同大学院(GPJS)での活動をはじめ、文学研究科以外の部局や組織の方たちとお付き合いする機会が多くありますが、自分とはタイプの違う研究者であっても、そういう方と関わりを持つことを楽しいと感じることができるのは、そうした大学院時代の経験があったからこそだと思います。

私の所属する日本文学研究室は、一つの分野に特化することなく、古代から近現代まですべての文学(文芸)を研究対象にしています。自分の専門分野から見れば遠いところにある作品であっても、そこに取り組んでいこうとする学生の姿勢や興味関心に共感し、むしろ自分の方が前のめりになって関わっていけるのは、他の時代の作品の魅力というのもよくわかるからです。その素地は、日本文学という伝統と歴史の中で、いろいろな時代の作品を読み、関心を持つことができた教育学部時代に培われたものかもしれません。

古典文学を専門に研究するきっかけとなったのが、教育学部の卒業論文で取り組んだ『我が身にたどる姫君』という物語です。これは13世紀に成立した擬古物語(鎌倉時代から近世初頭に成立した、平安時代の王朝貴族を主人公にする物語の総称)の一つで、女帝が登場する珍しい作品です。高校生の頃から、王朝物語というのは『源氏物語』だけなのだろうか、という疑問を持っていたのですが、この物語について研究を進めていく中で、『源氏物語』が書かれた11世紀以降、その後の200年、300年もの間にいろいろな作品が数多く作られていたということを知りました。その中には、かなりの大作や傑作があるにもかかわらず、一般の人には作品の存在すらほとんど知られていないのが実情です。そういう物語を掘り起こし、王朝物語の歴史が12世紀、13世紀、さらには14世紀までずっと続いているということを広く伝えたい。そんな思いから大学院へ進み、研究者としての現在へとつながっています。

学際的な視点から
古典文学研究を展開。

古典研究の一つのジャンルとして、散逸物語の研究という分野があります。作品名や作品の断片はあるものの、失われてしまっている作品が200近くあり、そうした物語や文化状況といったものをいろいろな資料を手がかりに復元しようという研究です。東北大学は、バラバラの状態になった写本の断片をコレクションとして数多く所有しています。同様に、相当数の断片が日本各地に残っています。少ない断片をもとに想像で膨らませてしまうのではなく、かなりの量が集まってくればもっと正確な像が見えてくる。今はアーカイブスが盛んで、そうした断片の情報がかなりデジタル化され集積されてきています。さらにAIの技術をうまく活用すれば、人の力だけでは見えてこなかった発見が出てくる可能性もあるでしょう。そうした研究を通して、どういう人たちがどういう手段で王朝物語を作っていったのか、また、それを読んでいた人たちはどんな集団だったのかなど、その時代や文化状況を可能な限り復元し、立体化することができればと考えています。

残されたテクストを読み込んでいくというのも、古典研究の楽しみであり醍醐味であるとは思いますが、そもそもその作品がどういう環境の中から誰に向けて作られていったのか、作者の手を離れてからどのようにして現在まで伝わってきたのか、その長い歴史の中にも様々なドラマがあったことでしょう。いろいろな戦乱を乗り越えてきた『源氏物語』にも、消滅の危機は何度もありました。その中でも、元の姿に復元し、次の時代に伝えていこうという、そうした文化意識というものを持っていた人たちがいたおかげで、54巻という大作が今に伝わっているのです。

『源氏物語』の生成をめぐる最近の議論を見ると、紫式部という一人の個性的な作者の営みという視点から、同時代の文学テクストとの関わり、さらには当時の宮廷社会のありようの分析へと関心が移行しています。時の権力者である藤原道長の意向をも視野に入れた上で、『源氏物語』の創作のありようを実態的に捉えていこうとする研究は、社会学的なアプローチに限りなく接近したものとなっています。これからの古典文学研究は、社会学だけでなく、美術や歴史学など様々なジャンルと関わっていく、まさに学際的な研究として展開していくのではないでしょうか。この点でも、人文社会科学の研究者が一堂に会するGPJSの活動には大きな意義と魅力があると考えます。

海外の日本文学研究者から得る気付き。

私はこれまで、日本研究者の世界最大の団体であるヨーロッパ日本研究協会(EAJS)に関わり、3年に一度開催される国際会議にも参加してきました。日本研究に特化していることが最大の特色であるEAJSには、ベテランだけでなく若手の研究者も多く集い、交流が行われてきました。その交流の中で感じるのは、東アジアに位置する日本という島国で、なぜこれだけの文化ができ上がったのか、そして日本文学と呼べるような独自の展開や発展を遂げてきたのか、そういうことについて多くの方が興味を持っているということです。

EAJSの活動の中で残念に感じることもありました。それは、日本について学んでいる海外の学生たちの声を聞いたり、彼らと直接交流したりする機会があまりないということ。GPJSの活動を通して、海外の学生の興味関心を直接知りたいと考えた私は、東北大学の学生たちとともにヨーロッパの大学を訪れ、2017年からほぼ毎年のように学生中心のワークショップを企画しました。そうした取り組みの中から、私の研究室に留学してきた学生も実際に誕生しています。

留学生たちの中には、『源氏物語』に関心を持ってやってくる学生がいる一方で、ヨーロッパではまだ知られていない作品を自分で見出し、紹介したいという学生も増えてきています。これは私にとってうれしい変化でもあります。また、10世紀、11世紀の宮廷貴族社会で女性たちが男性たちと渡り合い、作品を書き、熱心にいろいろな議論を交わす、世界的に見ても珍しいそうした文化の背景には何があったのかを知りたい、そんな関心から女性の日記文学などを研究したいという学生もやってきています。

日本を離れ、海外の研究者と交流することにGPJSの意義はあります。育ってきた国や文化、生い立ちも異なる海外の人たちには日本人の感性はなく、日本文学を読み込むことはできないのではないか、という思いを持ったことが私にもありました。しかし本当に才能のある人は、日本人が読むように日本文学を読むことができるし、さらに、日本人が気づかないような、それぞれの国ならではの感性や価値観に引きつけてテクストを読むことができます。そんな研究者と、GPJSの活動を通して是非出会ってほしいと思います。

過去を振り返る中から
課題解決の方法を探る。
過去を振り返る中から課題解決の方法を探る。

GPJSが掲げる目的の一つに、「現代の課題にいかに立ち向かうか」というものがあります。課題解決のための手段や手立てを見出す方法はいろいろあると思います。GPJSの魅力は、いろいろなジャンルの一線級の研究者が集まり、ある課題を解決するための方法をそれぞれの専門的な視点から提案できるという点ではないでしょうか。私の場合で言えば、古い時代から現在の時代までを見通すように研究をしています。すると、現代的課題といいながら、過去をずっと振り返っていくと、いくつも同じことがあったことがわかる。では、その当時生きてた人たちは課題にどう立ち向かい、どう克服していったのかを振り返ることができます。それは、現代の課題を解決するための一つの武器になるし、手立てにもなり得るのではないでしょうか。

現代的課題というのは、災害や紛争など、世界的な規模での課題だけではないはずです。老いの問題や病など、人間についてまわるような普遍的な課題もあると思います。そういう課題を自分の人生の大きな問題として、人はどのように考えてきたのかを知ることができる。紙に書くという習慣が古い時代からあったからこそ、文学はいろいろな材料を提供できるのです。

日本文学の領域で表現され作り出されたものが、遠く離れた地域の人々の生きる力として伝わっていく。それは翻訳であってもいいと思います。課題というと、自分の外側にあるもののように見えてしまうかもしれませんが、自分もまたその課題の中に生きている一人の人間なのです。困難な課題に直面した時、生き抜いていく力をもたらしてくれるもの、それが文学の力だと思います。

Profile
  • 2003年3月、早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程単位取得退学。信州大学助手、早稲田大学助手、日本学術振興会特別研究員(PD)、秀明大学専任講師を経て現職。
    著書に『九曜文庫蔵奈良絵本・絵巻集成竹取物語絵巻』(共編著、勉誠出版、2007年7月)、『王朝物語論考―物語文学の端境期』(勉誠出版、2023年2月)、『中世王朝物語の新展望―時代と作品』(共編著、花鳥社、2023年11月)、論文に「『源氏物語』の勝利―「絵合」巻における主家讃美の方法と紫式部」(共編著『日本古典文学を世界にひらく―EAJS(ヨーロッパ日本研究協会)で発表しよう〈Opening Classical Japanese Literature to the World: Presentations at EAJS〉』(勉誠出版、2022年12月)などがある。
  • 主な研究分野:日本古典文学
  • 東北大学 研究者紹介