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My Integration日本学 教員インタビュー

「戦争はなぜ起きるのか
を問い続けて。

経済と政治の関係か
「大東亜共栄圏を分析。

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大学院文学研究科 教授

安達 宏昭 ADACHI Hiroaki

日本史研究で扱う史料を英語で共有、
海外研究者の研究手法も取り入れて。
日本史研究で扱う史料を英語で共有、海外研究者の研究手法も取り入れて。

日本学国際共同大学院(GPJS)の活動には、2018年3月、ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学(イタリア)、ヘント大学(ベルギー)で開催されたシンポジウムから参加しています。その後も、ハイデルベルク大学(ドイツ)でGPJSの教員研修を行うなど、海外の研究者と交流する機会を多く得てきました。

最近では、2024年1月、ローマ大学ラ・サピエンツァ(イタリア)で開催された「第8回支倉シンポジウム」に参加し、「長い1960年代(Long1960s)の記憶」と題されたミニパネルでパネラーの一人として報告を行いました。これは、GPJS内の研究者組織である日本学国際研究クラスターのメンバーとして、ローマ大学ラ・サピエンツァの研究者と共同で取り組んだ1960年代の日伊比較研究の延長上にあるもので※、長い1960年代が日本の高校教科書でどのように取り上げられているかを紹介しました。

日本近現代史を専門とする歴史研究者である私が、ヨーロッパを中心とする海外の研究者との交流や対話の中で痛感するのは、日本と海外の研究状況や研究手法の違いを理解して、それらを統合・融合すべきだということです。海外の研究者が、日本にある史料にアクセスするのは日本人ほど容易ではありません。特に日本近現代史のように、膨大な数の史料が毎年、公開されているという状況においては、史料情報をアップデートしていくことは大変なことです。だから、まず、私たち日本人研究者が英語を使って、もっと日本にある史料を紹介するとともに、それら史料に基づいた実証的な研究を提供すべきです。その一方で、海外の研究者が得意とするユニークな分析視角や理論的な分析をもっと吸収することも必要だと思います。日本の研究者は、史料公開などに対応して細かな事象まで明らかにする研究を展開していますが、海外の研究者のように大きな視点から歴史を捉えることが少なくなってきているように思います。グローバルな研究環境のなかで日本史研究を発展させるためには、日本と海外の双方の研究の強みと弱点を理解し、交流と対話によって統合して、より広い視野と深い認識を持った研究に昇華させることが必要だと考えるようになりました。2023年10月に誕生した東北大学統合日本学センターが、その活動方針として掲げる「緻密な実証性を重視する研究手法と、理論や概念的把握の独創性を重視する研究手法との統合」とは、こうした経験と発想に基づいています。

※研究成果をまとめた論文集『REVOLUTIONARY TIMES』(写真手前)をGPJSから刊行(2022年)

経済史研究者との共同研究を転機に、
「大東亜共栄圏」の全体像を解明。
経済史研究者との共同研究を転機に、大東亜共栄圏の全体像を解明。

日本近現代史の研究者として、これまで特に注力してきたのが「大東亜共栄圏」(以下、「」を省略)です。大東亜共栄圏とは、東アジアから東南アジアをとりあえずの範囲として、日本が中心となってつくろうとした経済自給圏。立教大学文学部史学科在学中に所属した粟屋憲太郎教授のゼミのテーマが大東亜共栄圏だったことをきっかけとして、博士論文では、アジア・太平洋戦争開戦前までの日本の東南アジアへの経済進出を解明、その後、大東亜共栄圏の研究を始めました。

研究を進める上で一つの転機となったのが、『「南方共栄圏」—戦時日本の東南アジア経済支配—』(共著、多賀出版、1995年)での経済史研究者との共同研究です。それまで政治史を中心に学んできた私にとって、経済史研究者の統計的に物事を見る視点、そして一部分だけを見るのではなく全体を捉えていく、史料についても可能な限り満遍なく探す、そんな悉皆的な調査姿勢はとても新鮮でした。彼らとの共同作業を経て、経済というものを政治がどう動かそうとしたのか、あるいは経済というものに政治がどう翻弄されっていったのか、という政治と経済の関係性への着目、そして、日本語史料の可能な限りの収集と分析、東南アジアだけでなく東アジアにも目を向け、地域ごとのつながりを踏まえながら、全体の動きを俯瞰し一体として捉える、そうした研究手法を得ることができました。

2019年のハイデルベルク大学(ドイツ)での1か月の滞在の際、海外の研究者との対話の中で、日本語の史料に基づいて大東亜共栄圏における日本側の構想と政策展開の全体像を明らかにすることの必要性を痛感した私は、その後2年余りを費やし、中公新書『大東亜共栄圏—帝国日本のアジア支配構想—』(中央公論新社、2022年)の刊行に至りました。今後は、大東亜共栄圏という経済自給圏政策を世界史の中で位置付けるため、他の国家が行った経済自給圏形成政策や植民地支配との比較を行い、大東亜共栄圏の特徴をより明確にしたいと考えています。

戦争の原因や実態の究明を通して、
現代的社会が抱える複雑な課題に対峙。
戦争の原因や実態の究明を通して、現代的社会が抱える複雑な課題に対峙。

私の研究の原点には、戦争に翻弄された祖母や両親の人生があります。祖母は私に直接話すことはありませんでしたが、息子を戦病死で亡くしました。父は17歳で海軍の志願兵になり、母もまた勤労動員でまともに勉強できなかったことを嘆いていました。祖母や父母と接する中で、戦争とは何なのか、なぜ戦争は起こるのか、その原因や実態を究明することができれば、戦争を防ぐことにもつながるのではないか。それが私自身のテーマとなり、日本の近現代史、とりわけ大東亜共栄圏の研究へと私を導いたのです。

もう一つ大きかったのは、中学校・高校時代の恩師との出会いです。一人は中学校の歴史の先生で、日本と韓国の交流にとても熱心な方でした。日本の朝鮮支配について学ぶ選択授業があり、この学びをきっかけに日本の近代史を学びたいと考えるようになりました。そしてもう一人が、高校3年の時に「現代小説」という選択講座を開いてくれた先生です。この講座は、野間宏、太宰治、大江健三郎、開高健といった作家たちの作品を読み、生徒の報告を受けて生徒同士で議論し合う演習形式で行われ、小説が書かれた時代背景に自ずと興味を引かれるようになりました。城が好きで、もともとは戦国時代に興味を持っていたのですが、こうした恩師たちとの出会いを通して、徐々に日本の戦争・戦後期の歴史へと関心を移し、それ以来「戦争とは?」という大きな問いに向き合い続けることになりました。

GPJSは、「現代的社会の複雑な課題に対峙し、これを突破すること」(大野晃嗣プログラム長)を目的として掲げています。世界各地で戦争・紛争が絶えることのない現在にあって、日本の原点は、アジア・太平洋戦争と大東亜共栄圏の経験を活かすことにあります。国内外に多大な惨禍をもたらした日本の歴史研究者の一人として、私はこれからも「戦争とは何なのか?なぜ戦争は起こるのか?」という問いに対峙し続けていこうと思います。

世界史を動かすアクターとしての
日本を、グローバルヒストリーの中に
位置付ける。
世界史を動かすアクターとしての日本を、グローバルヒストリーの中に位置付ける。

私の研究室にも、GPJSのプログラムに参加している大学院生が1人います。現在は、ライデン大学(オランダ)に留学し、オランダ語や英語の習得に励んでいます。この学生は、語学に対する関心が非常に高く、自分の研究を英語で発信することにとても意欲的です。また、ヨーロッパの視点に基づいたエリアスタディの対象として、アジア・日本はどう捉えられているのかということも学んでいます。戦前期日本の「南洋」経済進出をテーマに、フィリピンやインドネシアへの移民の歴史的源流を探るため、歴史学にとどまらない学際的な研究に取り組みたいと考えているようです。移民の問題は、まさに現代的な課題の一つであり、課題の解決に向けて何らかのヒントを提示できるのでないかという思いから、GPJSのプログラムに強く引かれたということでした。この学生のように、自身の研究を国際的な観点を持ってしっかり発信していきたいという意図を持った学生にとって、GPJSはとても魅力的な組織なのではないでしょうか。

ヨーロッパの日本学研究者からよく言われるのが、英語圏の学問の主流の中に「ヨーロッパセントラル」の考え方があるということです。日本史を研究する私には、あまり感じることができないのですが、日本人の研究者から同様な話を聞くので、そうなのでしょう。このことに関して、GPJSの初代プログラム長を務められた尾崎彰宏名誉教授からある示唆をいただきました。それは、「ヨーロッパが持っている普遍的な考えというのは、実はヨーロッパからだけでできているのではない。古代ギリシャやルネッサンスも含め、かなりの部分が実はアジアから入ってきている」というもの。美学・美術史を専門とする尾崎先生は、そのことを近代絵画における浮世絵の影響などを例に引きながら説明してくださいました。つまり、ヨーロッパで形成された考え方の中にも、日本の考え方が必ず混入している。歴史学で言えば、グローバルヒストリーの中で、日本もまた世界史を動かすアクターとして重要な役割を担ってきたということなのです。私の関心事である大東亜共栄圏もまた、東・東南アジア、さらにはイギリスやアメリカなどと大きく影響し合っています。そのことを明らかにしていくことによって、世界史的な認識、グローバルヒストリーとしての認識を広げていくことができればと思います。

Profile
  • 東北大学大学院文学研究科教授。博士(文学)。立教大学文学部史学科卒業、立教大学大学院文学研究科史学専攻博士課程修了。立教中学校教諭、立教池袋中学校・高等学校教諭を経て、東北大学大学院文学研究科助教授、同准教授を経て、現職。
    日本学国際研究クラスター長、統合日本学センター副センター長。
  • 主な研究分野:日本近現代史
  • 東北大学 研究者紹介