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My Integration日本学 教員インタビュー

戦争や大災害の中での
人々や企業の動きを、

従来とは異なるデータ
から明らかにしたい。

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大学院経済学研究科 准教授

結城 武延 YUKI Takenobu

関東大震災が企業経営に与えた影響を
震災前後の株価データから検証。
関東大震災が企業経営に与えた影響を震災前後の株価データから検証。

私はこれまで「日本経済史」「日本経営史」を主なフィールドとして、第二次世界大戦前の日本を中心に研究に取り組んできました。戦争や大規模な自然災害の発生など社会のダイナミックな動きの中で、そこに生きる人々や企業がどのように動いていくのかは、その当事者自身にもよくわかってはいません。しかし、その大きな動きにはどういった意味があり、人々や社会、景気というものがどのように動いたのかを検討することは、社会科学としてとても面白いテーマだと、経済学部の学部生だった私は感じていました。当初は、社会のダイナミックな動きを分析する「マクロ動学」の理論に関心を持っていたのですが、学部の後半になると、ダイナミックな動きということで言えばやはり歴史を究めるべきだろうと考え、大学院進学後は経済史、経営史の分野に足を踏み入れました。

成蹊大学経済学部の鈴木史馬教授とともに取り組んだ「関東大震災と株式市場—日次・個別銘柄データによる分析」(『経営史学』第57巻第2号、3-26頁、2022年)という最近の研究では、大震災という予想できない大災害が企業経営にどのような影響をもたらしたのか、それは株式市場において株価にどのように反映されたのかを実証的に考察しました。この研究に取り組んだ動機は、戦前の株式市場がどういう動きをしているのかがそもそもほとんどわかっていなかったこと、そしてもう一つは、関東大震災という予期せぬ大災害を前に、株式市場はどのように動き、企業活動はどんな影響を受けたのかを検討してみたいと考えたことにあります。

この研究では、当時の新聞に掲載されていた東京株式会社取引所の実物株価の中から、震災前後に連続してデータが入手可能な62銘柄を分析対象として、株価がどのように変化したのかを検証しました。ここで発見したのが、被災地域に工場のあった同一産業の企業であっても、株価が下落した企業(富士瓦斯紡績)と上昇した企業(鐘淵紡績)があったということでした。

絶えることのない紛争・戦争に、
経済的側面からアプローチ。

従前の実証研究の中には、震災の発生は株式市場にそれほど影響を与えなかったとするものが多くありました。おそらくこれは、平均株価などのインデックス、あるいは産業レベルの株価を見たからではないでしょうか。個別企業ごとに見れば、上がる企業と下がる企業があるにもかかわらず、それらを足し合わせて平均してしまうと、プラスマイナスが相殺されてしまったわけです。

これに対し私たちは、「構造変化検定(test for structural break)」という計量経済学の手法を利用し、震災の発生時点が株価の推移のトレンドの変化(構造変化)点となっているかをチェックするとともに、企業が直面していた経営環境がどのようなものであったかを歴史資料を用いて確認しました。その結果、競争的な市場環境においてライバル企業がより被害を受けて供給能力を減らした場合、それはもう一方の企業にとっては利益を拡大する好機であり、こうした企業間競争の事後的な帰結を織り込んで当時の株式市場では価格形成がなされていたことを明らかにしたのです。

経営史の中では異色な研究スタイルとなったこの論文は、2023年度の経営史学会・出版文化賞の受賞という形で評価いただくことができました。現在は、鈴木教授と共同で、もう一つの社会のダイナミックな動きである「戦争」にスポットを当て、研究を進めているところです。戦時期の統制経済では、政府がヒト、モノ、カネを様々に歪めた形で配分していきます。ここで重要なのは、そうした政府の統制経済の中でも、投資家はしたたかに行動していたという点です。戦時期、政府は軍事産業により多くの資金や資源を投下するように制度を整えていきますが、生命保険会社などの機関投資家もまた軍事産業系に積極的に投資を行います。その結果、どうなっていくかというと、戦争の前と最中で資産運用の運用益はほとんど変わらないのです。「戦争は終わらせるのが難しい」とも言われます。機関投資家に出資している資産家の多くが、戦況が悪化していく中で資産を減らし、どんどん貧しくなっていくのであれば、戦争を終わらせる方向で資産家自身が政治に働きかけるということもあったかもしれませんが、私たちの研究でわかってきたのは、実際には結構利益を上げていて、戦争が終わらないと資産を失いかねないという状態でもない。敗色が濃厚であるにもかかわらず、戦争がずるずると続いていってしまったのはなぜなのか? こうした命題に対する経済的側面からのアプローチは、紛争・戦争の絶えることのないいま、世界が直面する課題の解決につながる研究となるかもしれません。

他分野の研究との出会いを通して、
一次資料との向き合い方にも変化。
留学に積極的にチャレンジし、
一次資料との向き合い方にも変化。

私自身は、構想段階から日本学国際共同大学院(GPJS)に関わり続けてきました。私の専門である経済史、経営史は、経済学と経営学、そして歴史学の境界に位置する学問分野です。事実を明らかにしていく際には歴史学の実証方法を使い、明らかにした事実の持つ意味を検討する際には、経済学、経営学のフレームワークで考えます。したがって、経済史、経営史特有のdisciplineというものはありません。学際的にならざるを得ない経済史、経営史分野に身を置く私にとって、新たな学際領域を掲げるGPJSという試みはとても親和性の高いものでもあったのです。

文系の全学部・全研究科から日本に関わる研究者を募るという話を聞いた時は、「とても面白そう」と感じました。経済学部・経済研究科の一員として日本経済史、日本経営史を研究する自分にとって、文学や美術史、言語学など、自分の研究とはかなりスタイルの違う研究者の思考や研究方法に触れることは、決してマイナスではないだろう。しかも、仕事の中で新たな学びの機会を得られるというのは大きな魅力でした。

GPJSでは、毎年開催される「Tohoku Conference on Global Japanese Studies」をはじめ、他分野の研究に出会う機会が数多く用意されています。他分野の研究者の発表には、「何だ、これは?」という予想を超えた驚きが多くあり、私にとってGPJSに参加する大きな魅力となっています。

また、経済史、経営史の研究者として一次資料を検討する際の資料への向き合い方が、GPJSに関わったことで大きく変化してきたことを感じています。私たちが扱う一次資料の多くは文字資料ですが、その場合、書いてある内容を読み込み、当時の時代背景等に照らして解釈を進めていきます。一方、たとえば仏教美術の研究者が資料の一つである仏像を検討するような場合、仏像自体に「自分はどういう仏像か」ということが書かれていることはなく、それを美術史的な観点から解釈していったり、内部構造を知るためにスキャンにかけたりします。こうした研究スタイルや研究手法があることを、私はGPJSに参加したことで知ることができました。実際に資料にあたり、研究を進めていく際、「資料とはこういうもの」という固定観念に縛られることなく、もっと幅広い視点で柔軟に考えることができるようになったことも、私にとってGPJSで得ることのできた収穫の一つです。研究にはいろいろな方法論があることをふまえた上で、それぞれの研究に昇華させていくこと。それが研究はもちろん、教育的にもGPJSの主眼なのではないでしょうか。

GPJSの教育プログラムを通して、
学際的な広がりと国際性の獲得を。
GPJSの教育プログラムを通して、
学際的な広がりと国際性の獲得を。

私たち研究者だけでなく、プログラムに参加する大学院生にとっても、GPJSは魅力ある存在となることでしょう。その魅力の一つが「メンター制度」です。所属研究科の指導教員に加え、GPJSのプログラム生にはもう一人の教員がメンターとしてサポートを行います。私が指導教員を務める博士課程の大学院生には、GPJSのメンター教員として政治学を専門とする先生についていただいています。この学生の研究テーマは「戦後日本の石油化学産業における政府と企業間関係」です。この研究において、産業発展や経済・経営といった視点が重要なのはもちろんですが、産業政策の決定には政治的プロセスも大きく関わってくることから、政治学の視点も欠かすことはできません。学生自身もそのことを自覚し、日本学のメンター教員にも研究について逐次報告、政治学的な視点からのコメントをいただくという体制になっています。経済学研究科の中だけでは学べなかったことを、GPJSの教育プログラムに参加したことで学ぶことができる。それによって、研究の幅が確実に広がっていると感じます。

GPJSのプログラムのもう一つの魅力が「国際性」です。私が指導する学生も海外の大学で報告を行い、思考の幅を広げているようです。私自身の経験でも、海外の研究者には日本人研究者とは異なる発想があります。日本人研究者の間では当たり前だと考えていることが、海外の研究者から見ると実は当たり前ではないことがあるのです。海外の研究者向けに論文や口頭で発表をすると、彼らにとって当たり前でないことについて質問を受けることがよくあります。海外で発表し、海外の研究者から直接疑問点が示され、さらに対話を重ねるという経験は、国際性の向上という面だけでなく、自身の研究を相対化し、研究そのものを発展させるという面でも非常に意義深いものがあります。GPJSのプログラムを通して、海外での「武者修行」にぜひ挑戦し、現代的な課題に対する視点にもさらに磨きをかけてほしいと思います。

Profile
  • 東北大学大学院経済学研究科准教授。博士(経済学)(東京大学)。修士(経済学)(大阪大学)。
    2007年大阪大学大学院経済学研究科修了。2014年東京大学大学院経済学研究科修了。
    秀明大学助教、同専任講師を経て、2015年より現職。
  • 主な研究分野:日本経済史、日本経営史
  • 東北大学 研究者紹介