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My Integration日本学 教員インタビュー

※2020年10月19日取材時の記事。
 2022年4月より法政大学所属。

外側からの目線が不可欠な
言語研究にとって、

日本学国際共同大学院は
絶好の場所。

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高度教養教育・学生支援機構 教授

副島 健作 SOEJIMA Kensaku

それぞれの言語にとって、どんな表現が自然かを最大の関心事に。
それぞれの言語にとって、どんな表現が自然かを最大の関心事に。

所属する高度教養教育・学生支援機構は、全学教育の開発・推進、高等教育国際化の推進、学生相談と学生支援、高等教育の研究・開発等を通して、新たな高等教育のモデル構築をめざすための組織です。そのなかで私は、留学生を対象とする日本語教育を担当しています。また、大学院国際文化研究科の協力教員として、大学院生の教育・指導にもあたっています。

研究面では、現代日本語文法、言語学、日本語教育を専門分野として、日本語教育に必要な「日本語らしさ」とは何か、世界の言語のなかで日本語はどんな特徴を持っているのかについて、アスペクト(開始、進行、継続、完了等)やヴォイス(能動、受動、使役等)といった「文法構造」の課題を中心に研究しています。例えば、机の上に1枚の紙があるとします。この状態を表すとき、普通に「紙があるよ」という言い方もあるでしょうし、ほかにも「紙が置いてある」、「紙が置かれている」などいろいろな言い方が考えられます。紙にメモ書きがあり、誰かが自分への伝言のために置いたとしたら、その中でどれが最も普通に使われるのかを考えると、おそらく「紙が置いてある」が一番使われる、つまり、人が何かのためにそういう状態にした場合に使う表現としては、「置いてある」が日本語らしい表現ということになるでしょう。さらに、他の言語と比較することで、日本語の特徴がより鮮明に見えてきます。「置かれている」というのは受け身文ですが、別の例で言えば、「財布が盗まれた」と日本語では普通に言いますが、英語では「Someone stole my wallet. 誰かが私の財布を盗んだ」というように能動文で表現します。英語の場合、こうしたシチュエーションで受け身文を使うことはありません。それぞれの言語にとって、どういう表現が好まれるか、自然か、ということが私の最大の関心事であり、研究を通して、日本語というものを深く掘り下げてみたいと考えています。

他言語との比較研究を通して、日本語ならではの特徴を分析。
他言語との比較研究を通して、日本語ならではの特徴を分析。

実際の研究では、日本語と他の言語との比較に取り組んでいます。最初に取り組んだのがロシア語ですが、これは、ロシア語の不定人称文に興味を持ったからです。先程の例で言うと、英語では「Someone stole my wallet. 誰かが私の財布を盗んだ」と言うのに対し、ロシア語には「U menja ukrali košelek. 私には財布を盗んだ」という言い方があります。これが、主語を置かずにしかも能動文と同じ動詞の形で表現する不定人称文です。この使われ方が、日本語の受け身の文とよく似ているところがあり、もっと詳しく調べてみようと考えました。研究では、日本の文学作品である村上春樹の『ノルウェイの森』の日本語版と翻訳版をそれぞれデジタル化し、自分が調べたいと思う文法現象を抜き出し分析するという手法をとっています。ロシア語の後、さらに韓国語、エストニア語にまで研究対象を広げ、この研究は現在も続いています。

文学作品を使った研究が書き言葉を対象とするのに対し、今後は話し言葉についても研究してみようと計画しています。まだ構想段階ですが、協力者にある場面の写真や動画を見せ、それを描写してもらい、その録音データを分析しようと考えているところです。この研究では、ロシア語、韓国語、エストニア語に加え、トルコ語にも挑戦してみたいと思います。韓国語、トルコ語は、文法的要素を後ろに付けるという点が日本語と共通しており、文法的に似た言語同士では、表現においても同じような言い回しが好まれるのかという点も興味のあるところです。

英語が客観的に状況を捉え、表現する言語であるのに対し、日本語は主観的に状況を捉え、表現する言語だと言われています。この点については多くの研究がありますが、英語以外との比較研究はまだ多くはなされていません。現在の私の研究は、他言語との比較を英語以外にも拡げていくという試みでもあり、将来的には、世界中のいろいろな言語の傾向を調べ、分類するということにも挑戦したいと考えています。

自然な日本語への理解を深め、日本語教育に生かしたい。
自然な日本語への理解を深め、日本語教育に生かしたい。

自然な日本語について考えることは、日本語教育にとってとても有益です。留学生のみなさんが話す日本語はどこか不自然で、違和感を感じることがあると思います。また、そのつもりはないのに、発した言葉によって相手を不快にしてしまうということもあるようです。そうした不幸な事態を避け、彼らが違和感のない日本語らしい日本語を話せるようになるには、教える側の私たちがまず、自然な日本語というものについて理解を深め、そのうえで日本語教育を行うことが必要なのではないでしょうか。

日本学を専攻する留学生のなかには、自国に戻った後、日本語教員として日本語を教える立場になる人が出てくることも考えられます。そうした可能性を踏まえ、日本語の教員になるためのトレーニングができるコース、副専攻のようなものが将来的にできるといいと個人的には考えています。そうした場ができれば、日本語教育に関連する私の教育経験や研究成果を積極的に還元していきたいと思います。

分野を超えた交流、外からの目。そのなかに、新たな研究の可能性がある。

日本学国際共同大学院が誕生して以降、自分の専門とは異なる分野の研究者のみなさんと交流する機会が増えました。学内でのさまざまなイベント、国際的なシンポジウムへの参加など、自分の専門分野に閉じこもるのではなく、分野を超えての交流がますます盛んになっていくことでしょう。そうした機会を通して、刺激を受け、自分の研究に新たなテーマを見出す可能性もあります。

日本語はもちろん、言語の研究には外からの目が不可欠です。日本語を母語とする私たちは、何不自由なく日本語を使っていますが、留学生から、例えば「が」と「は」の使い方の違いについて質問されると、案外答えるのは難しいものです。つまり、使えるけれど説明できない。理解のために外側の目線から客観的に分析していくことが大切であり、そういう意味では、日本語を母語としない外国の研究者による日本語研究のなかに新たな気づきが生まれることもあるでしょう。海外の研究者と交流する機会の多い日本学国際共同大学院だけに、そのプログラムのなかで自分の研究に新たな展開が生まれることを期待しています。

Profile
  • 東北大学 高度教養教育・学生支援機構 言語・文化教育センター、大学院国際文化研究科 教授。
    九州大学大学院比較社会文化研究科博士後期課程修了。博士(比較社会文化)。
    1999年よりユジノ‐サハリンスク経済法律情報大学講師として日本語教育に従事、琉球大学留学生センター講師を経て、現職。
  • 主な研究分野:現代日本語文法、言語学、日本語教育
  • 国際文化研究科 研究スタッフ紹介