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MY INTEGRATE日本学 教員インタビュー

他分野の研究者との
学際的な出会いを通して、
お互いの研究を
高め合っていこう。

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大学院教育学研究科・教育学部 准教授

井本 佳宏 IMOTO Yoshihiro

社会システム理論の視座から、学校制度自体が持つダイナミズムを分析。

教育を変えよう、学校教育をもっと良くしようというとき、現代においては、制度改革という形でさまざまな改革が行われてきました。学校制度の改革というものがどのように実現していくのか、そのプロセスやメカニズムに関心があり、これまで研究に取り組んできました。博士論文までは、日本の中等学校制度を対象に研究していたのですが、そのとき分析に用いたのがルーマンの社会システム理論です。制度というものがどのように動いていくのかを考えてみると、人間の意図に忠実に動くというわけでは必ずしもありません。変えたいと思ってもなかなか変わらないこともあれば、変えたくないと思っていても変わってしまう、そんな場合もあります。そこには、制度自体が持つ力学、ダイナミズムのようなものがあり、そうした点を分析しようとするとき有効だと考えたのが社会システム理論です。

従来の教育制度研究では、政治的プロセスや政策過程を分析することが多く、関係者の意図を辿っていくというのが伝統的、一般的な手法でした。しかし、仮に制度が実現したとしても、その制度の定着や運用のプロセスで、意図通りではない運用がなされるということが起こります。そうしたことも踏まえ教育制度というものを理解するには、従来の研究手法とは異なる側面からの分析が必要なのではないか、それが私にとっては社会システム理論だったのです。

ルーマンの社会システム理論では、システムはシステム自身のなかで再生産されていくと考えます。そうした視点を導入することで、政治家がどう考えていたのかという従来の分析とは異なり、制度自身がどんな力学で動いていったのかという点がよく見えてきました。2008年に『日本における単線型学校体系の形成過程—ルーマン社会システム理論による分析—』(東北大学出版会)として上梓した博士論文では、「断絶」という面が強調されることの多い戦前・戦中の教育制度改革と戦後の民主主義に基づく教育制度改革の間に、「連続性」があるということを明らかにすることができました。戦前・戦中と戦後の連続性というのはさまざまなところで語られていたことではありますが、教育制度という面にスポットをあて連続性を明示できたことは、一つの成果だったと考えています。

日独の学校制度の比較を通して、地域社会と学校の未来を考える。

現在は、日本とドイツの学校制度を比較する研究に取り組んでいます。研究に取り組み始めた当初は、学校制度の変革メカニズムに関する理論的研究をさらに補強しようという意図がありました。しかし、実際に比較研究を行っていくなかで、学校政策の展開が地域社会の持続可能性にどう影響を及ぼしているのか、学校政策の展開に対し地域社会はどう主体的に働きかけているのかなど、学校政策が人々にとって持つ意味を、よりアクチュアルな次元で解き明かしたいという方向へ関心が移ってきました。具体的には、東西ドイツ統一後に学校の統廃合が急激に進んだ旧東ドイツ地域の過疎地を対象に調査を進めているところです。この地域ではいま、私立学校が急激に増えています。私立学校の増加という現象は、新自由主義的な、市場主義的な改革が学校教育にも及んできているという文脈で読み取られがちですが、旧東ドイツ地域をみると必ずしもそうした要素だけではありません。むしろ、地域から学校がなくなってしまうという事態を受けて、保護者や地域住民がみんなで私立学校を誘致したり、自分たちで学校を設立したりすることで、地域に学校を残そうとする動きもみられます。これは、新自由主義的な文脈というより、自分たちの子どもを自分たちでどう育てていくのか、というある意味、公立学校の原点に近い意味合いを持っているとも考えることができます。

日本でも、小学校同士、中学校同士の統廃合がすでに限界に達し、小学校中学校を統合した9年制の義務教育学校をつくるという動きも生まれています。統廃合後、新しい学校に対してどのように関わっていくのか。地域のつながりを維持するために、学校の跡地をどう利用するのがいいのか。極限まで少子化が進んでいったとき、地域にどうやって学校を残すのか。そうした問題を考える際、日本で起きていること、ドイツで起きていることを比較することによって、相互に学び合える部分があると考えます。

教育学にとって教育は対象であると同時に目的であり、私たち教育学者は教育に対する傍観者ではありえません。終わりの見えない少子化は、学校と地域社会の関係をこれからも大きく揺さぶっていくことでしょう。こうした変化への対応を否応なく迫られる現実の中にあって、より「良い」学校制度改革について考えるためのヒントを、この研究を通して提示したいと思います。

日本学国際共同大学院のプログラムの魅力は「学際性」にある。
日本学国際共同大学院のプログラムの魅力は「学際性」にある。

日本学国際共同大学院は、人文社会科学分野の研究者がそれぞれの専門分野の立場から学生を教育するという点に特徴があり、その最大の魅力は「学際性」にあるのではないでしょうか。かつて馬越徹はその著書『比較教育学—越境のレッスン—』(東信堂、2007)のなかで、比較の意義について、「越境すること」で「対象を見る眼が複眼的になり、解釈の幅は確実に深まっていく」と述べています。私はそれを、特に現地ドイツへの訪問調査において、教育的な事象への感度の高まりとして実感することができました。

日本学国際共同大学院のプログラムに参加する学生は、それぞれの研究科に所属し、それぞれの研究テーマを持って研究に取り組みつつ、さらにこのプログラムの一員となります。そこで得られるのは、学際的な出会いです。つまり、専門分野を越境することによって、他分野の研究者から刺激を受け、自らも刺激を与える、そして互いの研究を高め合っていく。この日本学国際共同大学院がそうした場になればいいと私は考えています。

先日、プログラムに参加する学生のカンファレンスに参加しましたが、私は教育学の研究者という視点から質問し、コメントを述べました。教育学という分野は、誰もが教育を経験してきたこともあって、他分野からみても研究内容が比較的理解しやすい面があると思います。一方、文学研究科などのかなり深くマニアックな研究内容になると、そもそもそれがなぜ問題になっているのかさえ他分野の研究者には理解しづらいことがあります。このプログラムは、学会などでの内輪の議論では得がたい、専門分野の異なる人に向けて自分の研究をアピールする訓練の機会を提供する場にもなることでしょう。

日本学国際共同大学院のプログラムに参加するもうひとつのメリットが、経済面での支援です。プログラムに採用された学生は、リサーチアシスタントとしての給与と海外研修経費を受けられます。文系の研究科の場合、研究費の獲得がなかなか難しい現状があるだけに、こうした支援をベースに研究に邁進できるというのは、若手研究者にとってとても有益なことだと思います。

本物の研究と出会い、さらに他分野の研究の視点と出会う。

最後に、日本について研究してみたいと考えている海外の学生や研究者のみなさんにメッセージを送りたいと思います。本学の大学院には、日本について専門的に学び研究を行う日本学研究科という研究科があるわけではありません。本学で日本について研究してみたいと考えるあなたは、まず、教育学研究科、文学研究科、法学研究科、経済学研究科、国際文化研究科などいずれかの研究科に所属することになります。それぞれの研究科にはそれぞれの専門分野で高度な研究に取り組む本物の研究者がおり、本物の研究が展開されています。それぞれの研究科で自身のテーマを深く掘り下げ、そのうえで日本学国際共同大学院のプログラムに挑戦してください。そこには、他分野の研究者、他分野の視点との出会いが待っていることでしょう。研究科で本物の研究者や研究と出会い、プログラムでは学際的な出会いを経験する。それが日本学国際共同大学院の魅力ではないでしょうか。

Profile
  • 東北大学大学院教育学研究科准教授。2007年、東北大学大学院教育学研究科博士課程後期修了、博士(教育学)。
    北海道文教大学人間科学部講師、上越教育大学大学院学校教育研究科講師、同准教授を経て、2015年より現職。
  • 主な研究分野:教育制度の変容のメカニズム、中等学校制度改革の日独比較
  • 大学院教育学研究科・教育学部 教員プロフィール